齊木証人に続き,仙台高等裁判所民事3部は,外務省の当時の担当者2名の証人尋問実施を決めました。下記期日で2名を尋問します。
外務省の情報公開へ姿勢は極めて消極的で,そのことが浮き彫りになるものと思います。ぜひ傍聴してみて下さい。
平成21年6月1日(月)午後1時15分から4時30分
当時の外務省北米第一課首席事務官 新居氏
当時の外務省西欧課主席事務官 今西氏
息を呑むような景観 九塞溝
早起きをしてホテルの周囲を散歩した。
ホテル前の道路沿にはいかにもチベット風の土産物店が並んでいた。
その背後の山の斜面にはタルチョが林立している。
また、ホテルのほど近くには仏塔のようなものが建っていて、何の願を掛けてかその周りを何度も何度も回っているおばあちゃんが目に入った。
これで、ようやくいま自分がチベット地域に入っていることを実感し旅心が深まっていった。
いよいよ九塞溝見学である。
ちなみに九塞溝であるが、この景勝地には九つの古いチベット族の部落があることからその名が付いたとのことである。
その景勝地区には8時半頃に着いたが、すでに中国人観光客で賑わっていた。
ここは国民にも人気の観光地であり、また、都会では金持ちも増えてきたため、夏の盛りには一日平均25000人が訪れごった返すそうである。
奥入瀬渓流のような閑かな風景を期待していたが、その点では期待外れであった。
しかも、そのような大人数を捌くためには、遊歩道だけでは不可能で、そのため景観地区の全長5.6㎞の渓流沿いには、シャトルバスが頻繁に運行されていた。
特に名勝の湖沼の所がバス停になっていて、そこで降りては再び乗ることを繰り返しながら見学することになっている。
だから、ゆっくりと静かに景観を楽しみながらと言うことにはなかなかならない。
しかし、意識的にそのような人やバスを視界から外せば、数キロメートルにわたる渓流に沿って連なる大小の湖沼はそれぞれみんな澄んでいて美しく、世界遺産の貫禄は十分に供えていることが分かる。
その色も、エメラルドグリーン、マリンブルーなどそれぞれ湖沼毎に色合いが異なっていて、またその水面にはその周りの樹林の影が綺麗に映し出されていて、それはそれは息を呑むような美しさである。
また、所々には滝もあり、景観に変化を与えてくれている。
当日は、このような景観をバスを乗り降りしながらも十分に堪能し、出発地点に戻った時は午後の5時半を回っていた。
その夜は、ホテル近くの観光客用の劇場で、チベット民族の踊りと歌を鑑賞した。
意外と本格的で、民族の誇りも感じ取れたが、折からの騒乱問題もあり複雑な気分でもあった。
チベットの祈祷旗タルチョ
成都空港からのローカルな飛行機で九塞溝空港に降り立ったが、そこは、標高3500メートルの山を削って造られた空港であった。
4年前に開港したとのことでまだ新しかった。
ここは世界自然遺産「九塞溝」「黄龍」の玄関口に当たる。
改革解放後、中国も観光に力を入れているが、ここもその一つで、外国の観光客からも注目を集め多くが訪れるようになっていた。
しかし、前記のチベット騒動の影響で、見たところ外国人観光客は我々だけであった。
専用バスで深い山間を縫いながら、次第に標高を落としてホテルに向かった。
途中、峠や山の斜面や民家の屋根の上に、5色の旗が風に靡いている光景が印象的であった。
旗には仏教の経文が印刷されていて、それが一度風にたなびくと一度読経したことになると言う。
タルチョ(読経旗)というのだそうだ。
これで我々はチベット地域に入ったことは明らかだった。
九塞溝の村に近づくに連れて観光客用の綺麗なホテルが目立ってきた。
しかし、経営者はみな漢族の人で、チベット人はただ従業員として雇われているだけということだ。
ここだけでなくチベット自治区内では大々的な観光開発が進んでいるが、その利益はほとんど漢族に吸い上げられるだけということで、あのチベット騒動もその当たりの不満にも帰因していると言われている。
近時、中国の大国家プロジェクトとして開通した青海省西寧とチベット自治区の首都ラサを結ぶ青蔵鉄道も、チベット民族としては「文化の大虐殺のための道具」(ダライ・ラマ)と意識されていると本で読んだ(「チベット侵略鉄道 中国の野望とチベットの悲劇」)。
私もこの鉄道でラサに行ってみたいと思っているが、こういう事を知ってしまうと、単に浮かれた気分で行くことがためらわれる。どうしよう。
ホテルには夜遅くに着いた。
食後、同行のご夫妻持参の高級ワインをご馳走になった。
こういう意外性は嬉しい。
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